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梅小路時々山口時々どこか。

梅小路に山口にその他いろんなところへ…気ままに書いてます。

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復活のポニー、舞い戻る貴婦人

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8月18日の「SLスチーム号」からいよいよ運転を開始し、「構内運転機(Bグループ)」としての新しい道を歩むC56 160。
C61 2の脱線から1か月のうちの22日、C56 160が1年検査から出てくるまで、傷ついたC61 2と、温存の意向があったのか温存されていた8630の代打として、「北びわこ」だけでなく「スチーム号」も代走していたが、C56の検査が終わったことで、よっぽどのことが今後起こらない限り、C56に「スチーム号」の仕事を託し、これをもって代走の任を解かれ、「やまぐち号」としての運転ができるようになるまでの間、帰れなくなってしまったD51 200の代走として走る「北びわこ」専従となり、晴れて「本線運転機(Aグループ)」の座に返り咲くC57 1。

かつてのやまぐち号重連ゴールデンコンビの2機が、スチーム号のバトンを託し、またそれを託される。
C57は今までにないほどの多大な重圧から解放されますが、C56はその一部を肩代わりし、今後は博物館への来場者を楽しませてくれることでしょう。
確かにAグループとしてのC56は5/27をもって終わりを告げました。でも、そこで完全に終わったわけではなく、これからまたBグループとしての新しい日々が始まり、そして本当の意味で蘇る「ポニー」。これからも末永く走り続け、多くの人々の思い出に残ってほしいものです。

軽やかに、涼しげに

北びわこにスチーム号と大忙しのC57 1。
初めて今回の梅小路での最大の滞在目的である「SL北びわこ」の代走運転をようやく北陸本線で見てきました。

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夏らしくスーッと薄い煙を放出しながら、湖北の田園地帯の中を快走するC57 1。今回の代走における接近戦はこういう絵が撮りたかったのでした。
高速旅客機であるパシフィックには、凄まじい煙をもうもうと吐く姿よりも、涼しげに走っている方が似合いますし、釜自体が美しく見えます。
またブラスト音もまだまだ余裕がありそうな感じで、本当に涼しげに走っている感じでした。

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そして一気に飛んで梅小路へ。8630がのんびり走っていました。

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8630が入ったことで、久々に戻ってきたいつものスチーム号乗り場の風景。
C57 1では様々な背負うものが可視化されて落ち着いて見れませんでしたが、やはりBグループだと落ち着きます。
「当たり前の光景」って、なんだか不思議と安心するんですよね。

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第2検修庫を見ると、C56に先を越されたC62の姿が。
徐々に徐々に組み上がってはいるのですが、完成するのはもうちょっと先になりそうです。

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頭出し展示中の扇形庫。暑い暑い夏空の下、ずらりと頭を出して勢ぞろいです。

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ちょっとだけ本館へ行きましたが、物凄い人人人。
暑すぎるのか、はたまた来場者が普通に多いのか。物凄い人出でした。

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・・・シンカリオンコラボ、まさかのこんなところにまで。超進化研究所にはC63 1でもいるのかな??

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そうこうしていると、京都貨物駅にC57 1が戻ってきました。

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東寺バックで700系。今もなお臨時のぞみで博多まで出入りしていますが、もう来年の春にはいなくなっちゃってるんですよね…。

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そして「北びわこ」の運転を終えたC57が逆機で転車台へ進入。

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給炭水線へ。お盆休みなだけあって、ギャラリーもそれなりにいました。

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炭庫の上でかき寄せ中。

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横のハッチを開けて火床整理中。洗浄水と灰がボトボトボトッと落ちてきます。
新山口でもこの光景は日常的に行われていましたが、梅小路でも当然行います。結構見慣れてきましたね…。

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そして手旗誘導により転車台へ。

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多くの人に見送られて、無事に3番へ戻りました。
しかし、よく見ると隣の8630の「スチーム号」ヘッドマークがありません。柵が開いてから見てみると…

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「スチーム号」のヘッドマークを持ってきました。

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どうだ?こんなもん?と、まずは大胆に位置合わせ。

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2人で微調整し、位置決めをします。

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微調整が終わると手をあててマグネットを密着させ、仕上げ。これでヘッドマークの変更作業は終了です。3度目のスチーム号代走となりました…。
「北びわこからスチーム号になった!」という反応を見せるお子様や、「あれ、今日乗ったスチーム号って右の機関車だったよね…?」と首をかしげる人も。

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足回りの組み付けも、炭水車連結も完了し、あとは点火準備をして火入れを待つのみとなったC56 160。
ナンバープレートがギラリと輝いていますが、あの最後の日の輝きをそのまま残しているような感じでした。

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だんだん暗くなろうとしている扇形庫に、「スチーム号」のヘッドマークを掲げて佇むC57 1。休む暇はほとんどありません。
約3週間にわたって大連投する辺り、8630をどうしても温存させる必要があるのでしょうか。

世間はお盆休み。でも、まだまだC57 1はお客さんを乗せて働き続けそうです。今まで動けていなかった分を、取り戻すかのように。

代走、2セット目

梅小路に帰れないD51 200の代走で「SL北びわこ号」として走りながら、Bグループ予備機枯渇と8630の負担分散で「SLスチーム号」も代走するC57 1。
C61 2が離脱した後で代走に4日間入った後、前日準備で7/21に8630に交代して2週間経ったタイミングでC57 1に交代し、7/30から再びスチーム号の代走に入っています。

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華のAグループの威厳をそのままに、スチーム号の客車を連結して乗り場で待つC57 1。
2度目だと初回のような強烈さはありませんが、でもやっぱり見慣れないというか落ち着かないというか。
ヘッドマークを夏の「北びわこ」の上から付けている関係で、縁が白いのが前回との違いです。

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あまりの灼熱地獄で熱中症対策のため1時間に1本しか運転されていませんでしたが、1回だけ乗車。
降りた後でボイラー圧力計を見てみると、Bグループの上限値らしい1000kpa辺りを遥かに超える値である1500kpa(約15.3kgf/cm2)を示していました。
本線運転では基本これぐらいの圧力で運転するようですが、機関助士次第なのかもわからないものの、まさかスチーム号でもこんなに高い値を出しているとは思いませんでした。現役時代同様の最大常用圧力1569kpa(16kgf/cm2)のフルスペック機が高缶圧でも10km/h程度の速度しか出さず、力を持て余しているような感じでした。

ちなみに過去にAグループ時代に代走実績を持つC56 160は蒸気ドームのパッキンの都合で1372kpa(14kgf/cm2)から1176kpa(12kgf/cm2)に常用圧力を下げられており、ここまで高い値を示すことがあるとするなら、D51 200がもし代走に入った時…ぐらいでしょうか。

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あまりに暑すぎて運転しない時間は打ち水。来場者も外にはほぼ誰もおらず、だいたい館内かオハフ50に避難していました。

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すっきりとした晴れ空と京都タワーを背に、たくさんの乗客を乗せて往復1kmの体験乗車へご案内。

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そして最終便到着。多くの乗客を車内から吐き出し、いよいよメインイベントが始まろうとしています。

637.jpg誘導員の手旗誘導で前進。入換作業が始まります。

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そして転車台上へ。
2回目でやっとここで晴れました。初回では曇られ、約2週間越しのリベンジ。

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転車台上で回転中。このカットも前回は曇ったので、順光下ではこれが初めてでした。
しかしC57 1のスチーム号なんて本当に前代未聞。誰がこんな組み合わせが起こると予想したでしょうか…。

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そして回転後、給炭水線へ…。

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火床整理中。風向きが悪く、見物客に煤煙が襲い掛かります。そして浴びた人が避難する場面も。

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頭出し展示中の静態機と。

643.jpg再度回転中。C57の特徴である細長いボイラーにπ1750mmの大きな動輪。実に美しいその姿は「貴婦人」たるゆえんですね。

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そしてねぐらである3番へ入庫。

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入庫後は各部の注油作業を行い、まだ続く仕事に備えていました。

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6番線に佇むC56 160。キャブの屋根上を塗装しているところをちらっと見ましたが、噴霧された塗料が付着する可能性があったのと、溶剤が身体に害を及ぼすので近くでは見ていませんでした。

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動輪が用意され、さらに板バネも用意されている辺り、組立はほぼほぼ最終段階。もうじき車入れしそうですね。

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C57 1と8630。代走中はマグネットがベースから外されてC57に付けられるため、8630は何もありません。
この並びはC57が北びわこの時に撮ったほうがよさそうですが、とりあえず、ということで…。

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19時まで開館していたので、ギリギリまで粘って。でも今の時期はまだまだ明るかった…。

今の梅小路の困窮ぶりを象徴する、C57 1の代走によるスチーム号。誰もが想定し得なかった「多重代走」の事象は、C57 1の動態保存が始まって以来の大波乱です。
C56 160がもうそろそろ出てこれそうな流れで、このまま行くと9月までにBグループとして戦列に加わることができる感じがしていますし、今回の代走終了をもってC57のスチーム号はひとまず終わりを迎えるのか、はたまた3セット目があるのか…注目です。

それぞれの今の仕事

C61 2脱線の影響でスチーム号本務機の予備が0になり、8630の温存を兼ねて本線用のC57 1がスチーム号を代走した7月第3週。
しかし、C57 1には梅小路での本業「北びわこ」代走の仕事があり、スチーム号の代走を金曜日で一度終了。土曜日から温存されていた8630が本業に就いています。

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久々に本業に就く8630。Bグループ機がスチーム号を牽くいつもの光景が6日ぶりに戻ってきました。

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手順をしっかり踏んで入換開始。やっぱりデフがない分細く見えます。でも鐘取って門デフ付けてほしい…。
化粧煙突だったり、所々にリベットの頭が見えるのは古典機らしいですね。ちなみになんと御年104歳。梅小路の転車台と同い年です。

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そして給炭水線へ…。

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火床整理中。この日はギャラリーも沢山。

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火床整理・給炭・給水終了後、誘導により転車台へ。

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作業はまだまだ続きます。8630に続き、C57 1も翌日に向けて給炭・給水のため3番から出庫してきました。
旗を振って誘導し、のそのそと出てきます。

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ゆっくり転車台へ…。

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給炭と給水が終わり、入換中。

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そして転車台上で回転。C57に夏の「北びわこ」ヘッドマークを掲出しての運転は初めてでしたが、思いの外この組み合わせも似合います。

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そして3番に入り、翌日の本運転を待ちます。
この時期にいるはずのない釜ですが、早くも馴染んできたような感じがあるようなないような…。

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梅小路でそれぞれに与えられた本業に就くC57 1と8630。
西日本で稼働できるSLは現在この2機のみで、どちらかが故障したら必ずどちらかが運休になる日が出る絶望的状況下で、非常に頼もしく見えるのは気のせいでしょうか。

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そして翌日。C57 1の今与えられた本業である「北びわこ」に再び乗車しに米原へ。
PF1128に牽かれ、米原の中線へ。

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米原から北びわこの後を追って走るPFを解放後、C57は12系のもとへ。
入換中でも結構な人。構内アナウンスも頻繁に鳴り響きます。それも大音響で。

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入線後、米原停車中。いつもののんびりムードが戻ってきたような…?

今回はあまりに暑すぎて窓を閉めた状態でぼーっと車窓を眺めていましたが、クーラーを稼働させているのと、窓を開ければ非常に不愉快な超ぬるい風が入るほどの猛暑ゆえ、窓は閉めてくれとのアナウンス+乗務員の「窓閉めて」ローラー作戦を展開。ちゃんと手順を踏んでいましたね。
SL列車って確かに窓を開けて乗ったほうが五感で楽しめるから開けて乗りたいところなんですけど、ここまで暑い上に冷房が効いているとなれば…閉めますね。たまには快適なSL列車もアリかなあとは思うのですが。
また涼しい時に乗ろうかな…。

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そして木ノ本に到着。C57の写真を撮ったり記念撮影したり、猛暑の中思い思いに過ごしていました。

そして湖西周りをしている途中、友達に梅小路行くけど来る?と誘われて京都へ戻り…。

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梅小路に到着するC57をスカイテラスから。
ちょっとだけサイドの陽の当たりが悪くなってきました。先週やっておいてよかったんでしょうか…。

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逆機で転車台手前まで移動後、8630が先に入換を開始。
C57の炭水車の前照灯が点灯しています。ちょっと珍しいかも…?

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夏の梅小路の木々をバックに給炭水線へ。

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そして作業終了後は転車台へ。

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入庫。あまり人がいないわけではなく、皆あまりの暑さに日陰に避難しつつ撮っていたのでした。
転車台を4番の8630の位置に合わせ、今週のスチーム号の仕事は所定通りであると確認した後、京都へと戻りました。

C57 1も、8630も、梅小路で与えられた本来の仕事を任されていた方が見ていて落ち着きます。
確かにC57のスチーム号は単機だと初牽引でかなり珍しいものですし、強烈なインパクトのある組み合わせでしたけど、C61脱線という代走理由以外にも「長年本線機として動き続けた貫録」、「帰りを待つ山口や走ることを楽しみにしている湖北の人だけでなく、代走を引き受けたことでさらに博物館来場者の期待まで背負っていて、全てを背負っている」ことがどうしても可視化されてしまい、確かに珍しいけど落ち着けなかったです。
このままだと8630が過労になってしまうため、今後も1セットぐらい代走はあるのではと予想していますが、「落ち着けないんだろうか」とも。

この絶望的状況が解消されるのは、はたしていつごろでしょうか。
実は1年検査を受けている新規にBグループに参入するC56 160に全てがかかっているのかもしれません…。

全てを背負った最後の希望

「スチーム号」だったC61 2が脱線器の外し忘れが原因で脱線。これにより検査の必要性が生じました。
Bグループの8630に火入れするにも準備が間に合わず、「北びわこ」の運転後でそのまま火を落とすはずだったC57 1が急遽「スチーム号」を代走しました。
予備機0という非常事態で「使える釜」を使った結果実現したもので、実に1995年の「貴婦人復活」以来23年ぶり。単機牽引はこれが初めてのことです。

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まず気になったのは器具の使用状況。
応急的に逸走防止対策が施され、境界と簡易的な脱線器のようなものが置かれていました。

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スチーム号客車の車内から見たC57 1。到底実現することはないだろうと思っていた組み合わせが実現。
この後前方に乗車しましたが、この日が「スチーム号」デビューであると放送がありました。いつもの通過列車解説ではなく「なぜ本線でやまぐち号や北びわこ号を牽くC57が梅小路にいるか」にフォーカスした解説放送でしたね。
そしてこの列車以外でもそうでしたが、汽笛が本線で聞くような、普段のスチーム号では考えられないほどの音でした。

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スチーム号乗り場にいるというのも物凄い違和感です…。

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スチーム号到着後の風景。検証のために運休するかと思っていましたが、本線機を動員してどうにか訪れた来場者を楽しませることができましたね。

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快晴の空模様、灼熱の太陽。
夏の梅小路公園と京都タワーを背に、スチーム号客車を牽いてゆっくり戻ってきました。

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乗り場に停車中。こうして見ると、今までになかった組み合わせですが物凄く似合っています。
細身のボイラー、大径動輪を装備したすらっとした足回りで客車とのマッチングが非常にいいのです。ヘッドマークも謎のベストマッチ。

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今度は少量の黒煙とドレンを吐きながら入線。あんまりこういった演出は見たことがありません。

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スチーム号の乗車券をおかわりし、また乗車。(コーヒー代の代わり…か?)前方ではなく後方に乗車し、「スチーム号」を牽引して走行しているC57を。
梅小路のBグループ機とは全く違うシルエットで、一目で明らかに違う釜が引っ張っているのがわかるかと思います。

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身体が溶けそうになるほどの灼熱地獄で、避難したオハフ50から。こうしてC57を見る機会がまさか来ようとは…。
こうして退避している間、博物館の副館長をはじめとした博物館職員の集団が事故現場を見にきたりしていました。

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この日の最終便が出発。黒煙で煙幕を張り、奥へと消えていきました。

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そして到着。対策を練るためでしょうか、今回は博物館職員も立ち会っていました。
指差呼称して進路開通を確認しており、人間側に対策が施されたようです。機械的対策はすぐにはできませんからね…。

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進路開通を確認後、入換作業を開始。「スチーム号」のヘッドマークを取り付けたC57 1が壇上へ。

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転車台回転中。機関士も、機関助士も、キャブから来場者に向かって手を振ります。

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スチーム号ヘッドマーク、よく見てみると下のヘッドマークの縁が見えていますが、15日の「北びわこ」ヘッドマークの上からマグネットヘッドマークを取り付けた関係でそうなっています。

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そして後進し、給炭水線へ。梅小路で緑に染まった木々を背にするC57というのも珍しいです。

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火床整理中。灰の量が多かったせいか、C57の停止位置の扱いに慣れていなかったせいか、ずいぶん手間取っていました。
少しバックしてからまた灰を落としていて、普段より時間がかかっていましたね。

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この後給炭・給水を行い、石炭も水も満たした状態で再び壇上へ移動します。

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そしてバックで3番へ。

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噴き出すドレン。停車中にしばらく噴いていましたが、これはなかなかのサービスですね。

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多くの来場者が見守る中3番へ無事収容されました。
前日は脱線事故を起こし、どんよりした空気に包まれてしまいましたが、この日は無事故で入庫でき、しっかり来場者の笑顔を守ることができました。対策も練られたようですし、これで安心して見ることができそうですね。

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入庫したC57 1。ヘッドマークはそのままで、8630に全く準備をしなかったためこのまま翌日も続投すると思っていましたが、案の定続投しました。

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脱線し、損傷したC61 2と、代走を務めるC57 1。C61を気遣っていたのでしょうか…?

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梅小路のマスコットこと豆タンク、B20 10がその隣に。
翌日試運転で出るはずが、ブレーキ不緩解を起こし中止に。心配で仕方なかったのか、猛暑でやられたか…さて、どちらでしょう。

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1~4番線で4機が寄り添っていました。まるで脱線したC61を気遣うかのように。

D51 200が帰れず代走することになった「北びわこ」だけでなく、予備機が0になった「スチーム号」も代打で任されることになり、C57 1にとって本来定められた働き場所である「やまぐち号」の運転再開と、C57の到着を待つ山口や島根県津和野町の人々の期待のほか、「湖北地域の運行協力自治体や、湖北へ訪れる人々の「D51を待ちつつ、違った形でも走らせることに対する期待」のほか、さらに「京都鉄道博物館で本物のSLに触れる人々の期待」も、その一身に背負う形となりました。

D51が動くことができず北びわこを代走し、C61が脱線してBグループは8630しか動けなくなった今、ここでC57が倒れれば、西日本の蒸気機関車は完全に総崩れになってしまいます。唯一北びわこに充当可能で、スチーム号の予備も兼ねるC57 1はまさに「西日本蒸気最後の希望」へと変わったのでした。
この日は非常に力強い汽笛が響いていましたが、それはまるで「すべてを背負ったC57の全身全霊の叫び」のようで、今までどのSLでも感じることがなかったような気迫を感じられるような、そんな姿でした。

山陽本線の西側が開通し、広島と山口が繋がるのが9月ごろの見通しだそうです。
そして東側も開通することによって山陽本線が全通するのは11月ごろだそうで、たとえC57が今年山口へ行くことは不可能になったとしても、C57が行けない分、D51が山口で、D51が帰ってきて初陣を飾れない分、C57が梅小路で奮闘することになりそうです。
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